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大運河 2018-12-29T06:49:18+00:00

山東省だけでも645キロの規模、経済を支える大動脈である世界文化遺産、京坑大運河を眺めることができる。微山湖、昭陽湖、南陽湖、独山湖、四つの湖がつながり、夏、湖一面に蓮の花が咲く。明・清時代に経済的に繁栄した「台児荘古城」内に、3キロほどの古い運河が貫き、昔風の建物が多くあることから、「生きている博物館」と称されている。

清代乾隆帝年間に山西省と陜西省の商人が資金を出し合って作った会館、山陜会館は、精巧な建築構造と優れた彫刻技術、中国古代宮殿様式の傑作と賞賛されている。東昌湖、光岳楼、臨清中州運河古城観光地も有名である。

代表都市

徳州

徳州は「九達天衢(九つに繋がる大通り)」「神京門戸」と呼ばれ、古くからの重要な交通拠点である。大汶口文化と龍山文化発祥の地の一つであり、悠久の歴史をもつ。明清時代は中国三十三の工商業大都市の一つとなった。黄河文明、漢唐文明、運河文化、大禹文化、そのすべてに徳州に関する美しい伝説がある。

禹王亭遺跡には、夏王朝、東夷族の指導者後羿がこの地で産まれたという言い伝えがある。禹城県の5キロ離れた村の南にある。

陵県文化館では、唐代の大書家顔真卿が平原郡太守に任命された時に書いた『東方朔画賛碑』が保存されている。また、中国唯一の外国国王(スル国の東王)の墓も残されている。

聊城

聊城は国家歴史文化都市である。原始時代には民が生活し、農業が盛んであった。随の大業4年(西暦608年)、煬帝が京杭大運河を開くと、交通が便利になり初期文化経済の発展を促した。京杭大運河は元の至元26年(1289年)から明の永楽9年(1411年)間に数回の修復工事を行い、中国の南北を貫く大運河となった。聊城の発展と繁栄を促し、やがて臨清、聊城(今の東昌府区)は九大商埠の一つとなった。

「江北の水城」「中国北方のベニス」とも呼ばれている。

聊城は「煙突から煙が立ち上り、その数十万戸を下らない」といわれるほど多くの商人が集まり、商業が盛んで、船の帆は林のごとく、商船は隣接し馬車が縦横無尽に駆け巡り、貨物は山のように積み上がっていたとされる。外国の商人会館も河岸に立ち並び、高閣、神社仏閣もあった。清の康熙帝は四度、乾隆帝は9回聊城を来訪したという。

6000〜7000年前の中国最大の八座龍山文化城、は自然資源と人文景観が融合した見所満載の観光名所となっている。名所旧跡は2700以上、今後の観光開発価値の認められる景観は470を超える。国家レベル重要文化財保護施設は3箇所、省レベルは15箇所。

棗庄

棗庄の歴史は悠久で、7300年前に人類はこの地で繁栄した。「北辛文化」は黄淮地方で最も古く、東夷文化の源である。4300年前の春秋戦国時代、七つの古城国家のうちで最も密集度が高かった二つの地域の一つである。

2700年前の運河文明(最も早い運河は春秋戦国時代)では、京杭大運河で南北の文化がとけ合い、また中国式と西洋式が結びついた。台児庄古城ではその特徴がはっきりと見られる。

棗庄は近代民族工業文明の発源地でもある。130年前の工業文化−中国史上最大の華資企業−中興公司はこの地で誕生した。

さらに著名人を上げれば、棗庄は祖奚仲の故郷であり、墨子、魯班、鑿壁偷光(壁に穴を開け、差し込むわずかな光で学問に励んだ)匡衡、賈三近の故郷でもある。

見どころ

京杭大運河は世界最長の人工運河であり、中国古代の経済の生命線として運輸上の重要な役割を果たした。また、中国南北の文化交流の動脈としても大きな働きをした場所であり、運河沿岸は独特の趣を漂わせる観光地となっている。

徳州董子園

董仲舒(とうちゅうじょ)園景区は徳州市区東南に位置し、前漢の儒学者董仲舒を記念して建てられた。園内には董子の読書台、中国徳州儒家文化展示館、『三策固本』、水上牌坊、董子文化街、春暉園等の観光名所がある。

黄河故道(黄河のもとの川筋)森林公園

黄河故道森林公園は、黄河のもとの川筋の真ん中くらいに位置し、その北側は落葉果樹を主とした自然風景区になっている。

聊城東昌湖観光地

東昌湖は北宋煕寧3年(1070年)に形成され、現在は6.3平方キロメートル、中国でもまれに見る大型の城市内湖である。

東阿阿膠城

東阿阿膠3000年の歴史、医薬、養生など、総合的な文化展示。映画のセット、東阿薬王山等もある。

光岳楼

光岳楼は中国歴史文化名城聊城の象徴であり、元・明時代の木造建築の中でも、本来の様子を未だに残している建築物の一つである。

中国阿膠博物館

阿膠博物館は山東省聊城東阿にある。古代から現代に至る阿膠の発展過程と古代東阿人の智慧を展示している。

墨子記念館

墨子記念館は藤州市荊水のほとりに位置する。龍泉塔の近くにある龍泉広場では、学術討論、図書資料収蔵、科学技術教育に関する展示を見学することができる。

グルメ

徳州扒鶏

德州扒鸡 [dézhōu bā jī]

徳州扒鶏の名声は全国に知れ渡っている。清朝乾隆年間、山東地方が皇帝皇后及び皇族に捧げる献上品の中に、徳州扒鶏が列挙されていた。その名は中国だけでなく海外にも知れ渡り、「天下第一鶏」と称えられる。十週間飼育した健康な若鶏を主材料とし、十種類以上の高価な調味料を加え、ハチミツをかけ、植物性油で揚げるという緻密な作業が徳州扒鶏の伝統的調理法の真髄。色は美しく、美味。肉質は柔らかい。山椒・八角・茴香(ういきょう)、桂皮、丁香(ちょうじ)の香りがする。骨と肉は容易にほぐれ、あっさりとした味で、回族も漢族も好んで食べる。タンパク質と低脂肪性栄養素が多く含まれ、胃を強くし、身体を温め、身体のバランスを整える。

棗庄野菜煎餅

枣庄菜煎饼 [zǎozhuāng cài jiānbing]

野菜煎餅は鲁南地区(山東省南方)のB級グルメの一つ。原材料は小麦粉、雑穀、卵など。「中国ホットドッグ」と呼ばれるこの食べ物を、お年寄りから子どもまで皆が好んで食べる。当初は棗庄、済寧、臨沂、徐州など山東省南方に、そして徐々に周辺都市に広まっていった。野菜煎餅の作りたては、ほかほかと温かく、皮はパリパリ、具は香りよくやわらかい。一度食べたらまた食べたくなる皆のおやつ。

寧津大柳麺

宁津大柳面 [níng jīn dàliǔ miàn]

寧津大柳麺は清朝乾隆年間を起源とし、すでに200年以上の歴史がある。はるさめのように細く、若柳のように淡い緑色をしている。あっさりしていて食べやすい。お椀に盛り付けると弓の弦のように見えるため、「弓弦麺」「金糸椀」という美しい別名がある。消化がよく、夏は冷やして、冬は温かくして食べる。どの季節に食べてもおいしい料理である。つけダレは、日々進化を遂げている。

棗庄羊肉スープ

枣庄羊肉汤 [zǎozhuāng yángròu tāng]

棗庄羊肉スープは独特の風味で、鲁南(山東)第一のスープと讃えられている。羊肉は、きめ細かく柔らかくて、独特の臭みはない。スープの色は白く、香りは良い。一度食べるとやみつきになるという。

山東省の天気

おみやげ

寧津工芸絨毯

寧津県は中国軽工業連合会、中国工芸美術学会から、「中国工芸絨毯の故郷」「中国工芸絨毯の輸出第一都市」と呼ばれている。寧津県は世界最大の工芸絨毯の生産拠点である。

滕州王楼木版画

滕州王楼木版画は明朝永楽年間から始まり、乾隆年間で最も栄え、清末期でもう一度流行し、魯南地方最大の木版画生産地となった。販売先は、蘇州、山東、河南省、安徽省。王楼版画は独特な芸術的特徴をもち、国内でも貴重なものとされている。

ホテル

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