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徐福伝説 2018-12-29T06:46:38+00:00

初めて中国を統一した秦の始皇帝は、泰山に巡行したさい(紀元前220年)、琅琊台で方士の徐福から「海中に三つの神山があり、そこに仙人が住んでいる。童子童女とともにこの地に出かけ、新薬を求めたい」との申し出を受け、3000人の青年と兵、武器を渡した(『史記』秦始皇本記による)。出港は膠州県の徐山、もしくは諸城県の徐山だとされている。この記述が正しければ、華僑第一号はいまから2100年も前に、山東から日本にやって来たことになる。

奈良時代、日本は607年から838年にかけて遣隋使を3度、遣唐使を17度派遣して中国文化の導入に努めた。最後の遣唐使船で入唐した円仁法師は山東省東端の石島湾に上陸、五台山などを巡礼、帰路は登州(蓬莱)で乗船している。

代表都市

青島

赤い瓦屋根、緑の木々、青い空と青い海、さざめく波間に翻るヨットの白帆、黄金に輝く砂浜。この風景が、私たちの「青島」である。なんとも美しい青島の町。さらに、青島観光に趣を添える「青島ビール祭り」、町の歴史を感じさせる欧州様式の建築物や著名人の旧居など楽しみは限りない。中国式と西洋式が結び付いた独特の雰囲気を持つ美しき海浜都市「青島」は、「東方のスイス」とも呼ばれている。

6000年前、東夷原人が青島一帯に住みついたとされ、中国道教の発祥の地でもある。秦の始皇帝も3度、この地を訪れ、徐福は扶桑の琅琊台から東(日本)へ出航した。遺跡は、墨県南阡、北阡など知られているだけでも12箇所の「大汶口文化遺跡」そして「労山文化遺跡」。前漢時代、500人の正義の士が殉死者として埋葬された田横島、極めて貴重な石彫の天柱魏碑、春秋戦国時代の「斉の長城遺跡」、奇観「馬山石林」など、青島の名所旧蹟は枚挙にいとまなく、康有為、聞一多、老舎、王統照などの一般公開されているものも多い。

威海

威海市は悠久の歴史を持ち、7000年前には人類が生息していた。1398年明朝時代に兵営を築き、「威震海疆(辺境を治める)」の意から、「威海衛」と呼ばれるようになった。

日照

日照は多くの観光地がある。64キロに渡る海岸線、アジア第二の規模をほこる中国北方最大の天然湖と魯南国家級海浜森林公園、世界一と言われるの銀杏の大樹、仏教の名山−五蓮山などがある。
周時代は莒の地、秦時代は琅琊郡に属し、前漢時代は海曲県が置かれた。魏(三国志)の時代は城陽郡と莒県に属し、北魏時代には梁郷県が置かれた。隋時代は莒県、琅琊郡、唐宋時代は密州に属した。1087年(宋元佑2年)、莒県に日照鎮が置かれ、日照の名はここから始まる。商周時代に頭角を現した偉大な政治家、姜太公望の生まれ故郷であり、東海峪、尭王城龍山文化旧跡、戦国時代斉の長城遺跡もここ日照にある。
海上スポーツの都「東方太陽都市」とも呼ばれている。

煙台

煙台は古くは仙人がいる山海の秘境として、今では葡萄酒の街としてその名を馳せている。海霧、日々めまぐるしく変化する海岸風景、蜃気楼の奇観、秦の始皇帝が鮫を射止めた射魚台、8人の仙人が海を渡ったとされる神話、徐福伝説、などが、煙台の神秘的色彩をさらに色濃くしている。

煙台は1万年前から人類が生息していたと言われる。秦の始皇帝や前漢の武帝も、不老不死の薬を求めて何度もこの地を訪れている。明の洪武31年、外敵に備えて、芝罘(チーフ)に狼煙(のろし)台が設けられた。また、1100年の歴史の中で育まれた民間伝統文化、長島漁号(伝統民歌)、膠東道教音楽、海陽民間舞踊、漁灯祭り、膠東太鼓なども有名である。

多くの著名人、方士徐福や英雄戚继光、甲骨文字の始祖王王懿栄などを輩出している。

見どころ

崂山

崂山は市街地の東約45キロに位置し、446平方キロメートルに広がる山全体が崂山風景区となっている。東部と南部は黄海に面し、古来より神仙が住む所とされ神聖視されてきた。山には道観が点在し、1000年以上にわたって道士がここで修行を続けてきた。現在でも道士の姿を見ることができる。崂山は湧き出る泉水が豊富なことでも知られており、もともと青島ビールは崂山の湧き水を使って作られていた。

崂山風景区は巨峰、流清、太清、棋盤石、仰口、北九水、華楼などの景区に分かれている。崂山風景区の南東部、北九水景区から巨峰景区、太清景区にかけては険しい峰々がそびえ、崂山の主峰である標高1133メートルの巨峰もここに位置する。龍潭瀑、太清宮、太平宮などの道教ゆかりの場所も多くこのエリアに位置している。西部と北部は比較的なだらかで、そのまま青島の市街地へと続いている。

青島ビール博物館

1903年にドイツとイギリスの合弁で発足した中国初のビールメーカーの跡地に建つビール博物館。ビールの歴史と醸造技術の歩みが展示されるほか生産ラインも維持されており、見学者は新鮮な無濾過ビールを試飲することができる。

桟橋

旧市街の青島湾に位置する桟橋は青島のシンボル的な存在で、青島ビールのラベルデザインにも桟橋の絵が使われている。1891年、ドイツ軍と日本軍の侵攻を防ぐための簡易軍事埠頭として造られ、1933年の改修工事によって、幅10メートル、長さ440メートルの本格的な埠頭となった。先端には八角二層の回瀾閣が建っており、ここからは青島の美しい海と旧市街の街並みが一望できる。特に朝日と夕日の景色が美しい。

迎賓館

青島に現存する代表的なドイツ古城式建築。1905年ドイツ総督の公邸として建てられたもの。建物とともに、当時を偲ばせる絢爛な内部装飾は歴史的・文化的に貴重な史料となっている。

小魚山公園

小魚山公園の山頂に建つ高さ18メートルの「覧潮閣」から眼下に広がる旧市街の街並みと海岸線。その素晴らしい風景は、青島随一の展望スポットでもある。

天主教堂

正式名称「聖ミカエル協会」。1934年建造の、二つの尖塔を持つゴシック様式のカトリック協会で、国内でも有数の規模の協会。尖塔の高さは60メートル。当時の青島でもっとも高い建物であった。

天后宮

明代に創建された最古の廟。「天后」とは別名「媽祖」とも呼ばれる中国古来の海を守る女神で、海に関連した仕事をする人からの信仰が厚く、青島民俗博物館としても利用されている。

徐福祠

漢代に設置された徐郷県は、徐福が仙薬を求めたことからこの名があり、現在の竜口市の徐福鎮にあたる。そこに徐福祠があり、本堂に徐福の像が安置されている。徐福が文字、農業、そして医薬を日本に伝えた伝説は日本でも有名で、佐賀、三重、和歌山、京都、静岡、千葉、青森など日本全国に徐福ゆかりの伝承が残されている。

琅琊台

渤海に面する琅琊台はかつて春秋戦国時代に斉の大城郭があった場所で、秦の始皇帝も中国統一後、三度訪れた。始皇帝の命で日本へ渡ったとされる徐福の出航の地。

成山頭

山東省最東端。三方を海に囲まれた岸壁で、別名「天尽頭」。海を隔てた94キロ先は韓国。日の出の一番早い場所として、権力者たちがこの地の領有を争った。

即墨城跡

春秋戦国時代の紀元前284年、斉は燕に攻められて七十余城を失い、あと即墨と莒を残すのみとなった。即墨の守将・田単は一夜、1000余頭の牛の角に剣を、尾に油を注いだ葦をくくりつけて火を放ち、城をうって出た。狂奔する牛の大群に攻められた燕軍は大敗、斉は勢いにのって七十余城を奪い返した。即墨城跡は濰坊東方の平度県にあり、いまも土塀や王室跡が残っている。

天下銀杏第一樹

創建1500年の古刹・定林寺境内にそびえる樹齢3000年の銀杏の大木。幹周りは15.7メートルにも達し「天下銀杏第一樹」と讃えられてきた。11月から12月にかけて紅葉を迎える。

張裕酒文化博物館

博物館は、酒文化広場、六大展示ホール、100年地下ワインセラー、中国国際ワイン博物館、1892年クラブから構成されている。1894年に建てられた100年地下ワインセラーの魅力を体感することができる。

蓬莱閣

中国四大名楼の一つ。渤海に面する丹崖山にそびえる蓬莱閣は北宋時代1061年の創建。景勝区内に蓬莱閣、水城、(古代の海軍要塞)、登州博物館、黄海・渤海境を示す座標などがある。敷地面積は32800平方メートル。伝説上の「八仙過海(八人の仙人がそれぞれの方法で海を渡った物語)」は、当地が本場。隣接する水城とともに、その独特で複雑な景観から多くの詩人や文学家に愛された。蓬莱は蜃気楼が見られることでも有名。

蓬莱区となっている地域は、かつて「登州」と呼ばれていた。山東半島を収める登州都督が置かれていた。つまり、登州は、この地方の政治の中心地であった。日本との絆も強く、唐の時代に送られた遣唐使もこの登州か、芝罘(現在の煙台)にまず上陸し、唐の都の長安に向かっている。

「蓬莱」の名前はさらに古く、秦や漢の時代にまで遡る。古代の中国では、東の海の向こうに蓬莱、方丈、瀛州(えいしゅう)の三仙山があり、そこには不老不死の薬があるとされていた。秦の始皇帝が山東半島を訪れた際には、徐福に不老不死の薬を探しに蓬莱へ向かわせた。その徐福が出帆した地は琅琊台の港ではなく、こと地だとする説もある。

司馬遷の『史記』の巻百十八「淮南衡山列伝」によると、秦の始皇帝に、「東方の三仙山に長生不死(不老不死)の霊薬がある」と具申し、始皇帝の命を受け、3000人の童男童女(若い男女)と百工(多くの技術者)を従え、五穀の種を持って、東方に船出し、「平原広沢(広い平野と湿地)」を得て、王となり戻らなかったとの記述がある。

蓬莱山については日本でも広く知られ、『竹取物語』でも「東の海に蓬莱という山あるなり」と記している。「方丈」とは神仙が住む東方絶海の中央にあるとされる島で、「方壷(ほうこ)」とも呼ばれる。瀛州はのちに日本を指す名前となった。「東瀛(とうえい)」ともいう。

『史記』の「秦始皇帝本紀」に登場する徐氏は、始皇帝に不死の薬を献上すると持ちかけ、援助を得たものの、その後、始皇帝が巡行したところ、実際には出航していなかった。そのため、改めて出立を命じたものの、その帰路で始皇帝は崩御したという記述になっており、「不死の薬を名目に実際には出立せずに始皇帝から物品をせしめた詐欺師」としても描かれている。現在一般に流布している徐福像は、ほとんどが「淮南衡山列伝」に基づいたものである。

出航地については、現在の山東省から浙江省にかけて諸説あるが、河北省秦皇島、浙江省寧波市慈渓市が有力とされる。途中、韓国済州道西帰浦市(ソギポ市)や朝鮮半島の西岸に立ち寄り、日本にたどり着いたとされる。

青森から鹿児島に至るまで、日本各地に徐福に関する伝承が残されている。徐福ゆかりの地として、佐賀県佐賀市、三重県熊野市波田須町、和歌山県新宮市、鹿児島県出水市、いちき串木野市、山梨県富士吉田市、東京都八丈島、宮崎県延岡市などが有名である。

グルメ

ネギ焼きナマコ

葱烧海参 [cōng shāo hǎishēn]

ネギ焼きナマコは、中華料理の中でも特に有名で代表的な山東料理の一つである。水でもどしたナマコと大ネギが原材料である。プリプリとした食感で、特にネギの濃厚な香りが食欲をそそり、万人を満足させる一品。「今昔八珍」と称され肺と腎臓によいと言われる。ネギ焼きナマコを作る時はまず、ナマコを解凍し丁寧に洗い、適当な大きさに切ってからさっとゆでる。油を少量たらして熱したら、ネギのぶつ切りを入れ、香りがたったらネギを取り出す。ナマコ、塩、料理酒、オイスターソース、醤油、氷砂糖、スープを鍋に入れ、フタをして、汁がなくなるまでとろ火で煮込む。取り出したネギのぶつ切りを加え、数回ひっくり返して味を絡めたら、水溶き片栗粉で全体にとろみをつけて出来上がり。ナマコの色はより濃くなり、スープはコクを増す。一度食べたら忘れられない味である。

青島焼きギョーザ

青岛锅贴 [qīngdǎo guōtiē]

四十年以上の歴史がある青島名物。日本の焼き餃子とは少し違うできあがり。餡には、主に青島近海で収穫される海鮮が使われる。これを薄皮に半分くらいのせ三日月の形に包む。焼き面はサクサクしているが、反対面の皮は柔らかい。食べたらとまらぬ美味さ。

酸っぱくて辛いイカのたまごスープ

酸辣乌鱼蛋汤 [suān là wū yú dàn tāng]

酸っぱくて辛いイカのたまごスープは日照の伝統料理である。「イカのたまご」と言っても、正体は雌イカの包卵腺である。栄養豊富、食感もさわやかである。雌イカの包卵腺を使ったスープは河南料理、山東料理でよく見かける。

漁村イカの醤油煮

渔村酱乌贼 [yúcūn jiàng wūzéi]

漁村イカの醤油煮は日照に伝わるご当地グルメである。日照の金イカを原材料とし、醤油で味付けをする。漁師の家に伝わる伝統的な方法で調理する。濃厚な醤油の香りが食欲をそそる。金イカの栄養も豊富で、歯ごたえもあって美味。冬に食べると身体を温め、夏に食べると身体を冷ましてくれるという。

青島冷やしところてん

青岛凉粉 [qīngdǎo liángfěn]

青島冷やしところてんは海藻料理の一種である。青島人は「海藻ところてん」もしくは「冷やしところてん」と呼んでいる。テングサを繰り返し天日干しした後、水を加えて煮つめ、冷やすことでゼリー状になる。食物繊維たっぷりの、血圧・血糖値を下げる健康食品となる。青島ところてんは「冷性」に属するので体内に入れると「熱性」を抑えるとされ、夏場に食べられることが多い(この「冷」と「熱」の考え方は、中国独特の「食療食補:医食同源」に由来する)。

エビの甘煮

油焖大虾 [yóu mèn dà xiā]

エビの甘煮は、伝統的な山東料理のひとつである。渤海湾で獲れる大きくぷりぷりした、とれたてのエビを原材料とする。山東料理の中でも特別な調理法を用いる。まずエビを油で炒める。炒めるとパッと赤く色づき、油とからまってさらに美しく輝く。(もしくは油で揚げ、熱を通す。)これだけでもエビのうまさは格別。それに、調味料と薬味を加え、とろ火で煮る。この特別な調理法によって、新鮮でうま味たっぷりのエビは、香り豊かで塩気がありながらほんのり甘く、ぷりぷりとした食感になり、素材の良さとおいしさがさらに引き立つ。

鳳爪アワビ煮込み

凤爪炖鲍鱼 [fèng zhuǎ dùn bàoyú]

鳳爪アワビ煮込みは、威海のご当地グルメである。アワビは、ほんのり甘くてしょっぱい。タンパク質が豊富でカルシウム、鉄分、ヨウ素、ビタミンAなども含まれており、多くの栄養分を補給してくれる海産物である。目や肝臓にも良い。造血、陰虚証(漢方の病名で、房事過度による男性精力の減退)の治療、精力回復、身体の熱を冷ましなどに効果がある。また、美容、体内の気の調整にも効果あり。アワビを鶏肉と一緒に煮込むことによって、濃厚なうまみと味が生まれる。この二つの食材の組み合わせは、他に比べようのない最強の組み合わせと言えよう。

福山大麺

福山大面 [fúshān dà miàn]

福山大麺もまた煙台の伝統的料理であり、別名「福山ラーメン」。すでに二、三百年の歴史がある。その料理の最大の特徴は、龍のヒゲのように細い麺である。細く柔らかく、盛り付けも工夫されていて、食べるとツルツルの食感。多くの人を笑顔にしている。

長島あわびスープ

长岛原汁鲍鱼 [zhǎngdǎo yuán zhī bàoyú]

アワビは、海産物のナンバーワン。その主要な生産地は煙台市の長島県で「中国あわびの故郷」の名声をほしいままにしている。長島あわびはシワ盤あわびで、中国でも高値で取引されている。この地のアワビは新鮮で栄養豊富。焼いても、スープにしても美味しい。

サワラの水餃子

鲅鱼水饺 [bà yú shuǐjiǎo]

サワラ餃子は山東地方で、もっとも目にする餃子の一つである。新鮮なサワラを原材料とし、豚のバラ肉、ニラと合わせて餃子の具にする。人によっては牛乳を加えて、サワラの鮮度と旨味をアップさせる。サワラ餃子は具の混ぜ方が最も重要。サワラを骨抜きし、一定方向に混ぜ合わせる。皮で包んで煮ると、食感がプリプリしてとても美味しい。

山東省の天気

おみやげ

青島ビール

青島ビール株式会社は1903年に設立された。良質の大麦と米、高品質のホップとほのかに甘い労山の天然水を原材料として、糖化、濾過、冷却、発酵、包装の工程を経て完成する。中国国内にとどまらず世界に名高い中国チンタオビールは「澄みきった淡黄色」「きめ細かい泡」で、各国の飲ん兵衛を魅惑している。

青島貝がら細工

貝がら細工の形は多種多様でその加工技術も細かく、数十以上の工程を経て製造される。繊細華麗で美しく、青島を代表するお土産の一つである。(青島貝殻細工の原材料は東南アジア周辺海域で採られた20年以上の珍しい巻貝)

日照緑茶

日照は、世界茶学会公認の三大海岸緑茶都市の一つ。日照緑茶の特徴は、深緑の厚い茶葉と高い香、ほんのりとした甘さ。中国北方稀少緑茶」と呼ばれる。

日照黒陶

黒陶は、中国古代文明の象徴とも言われ「土と火の芸術、この上なく美しき結晶」と称えられる。陶器の中でも、名誉ある極上の品とされる。作品の修復、作品の複製、新しい作品の創造という三つの枠組みから成る。

煙台張裕葡萄酒

ブランデー、葡萄酒、健康酒、漢方シャンパン、蒸留酒、ミネラルウォーターなど8系列数十種類の品種がある。マレーシア、アメリカ、オランダなど20以上の国に輸出している。

煙台リンゴ

煙台リンゴは百以上の品種がある。青香蕉、紅香蕉、紅玉、金帅、国光は特に有名。煙台リンゴは香り豊かで甘くジューシー。昔から国内外を問わず評判が高い。

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